大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和24年(ヨ)219号 判決

申請人

伊藤博隆

外一名

被申請人

日本国有鉄道

主文

申請人等の本件仮処分申請はこれを却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は「申請人等が被申請人を相手方として提起する解雇無効確認請求事件の判決迄、仮に被申請人小倉管理部長が昭和二十四年七月十四日申請人伊藤博隆に対し、同月十九日申請人七ツ矢繁に対しそれぞれなしたる解雇通告の効力を停止する」との判決を求めた。

事実

その申請理由として、申請人伊藤博隆は昭和二十年十二月十一日鉄道従業員となり昭和二十一年七月四日以来直方車掌区の車掌となり今日に至つたもので、又申請人七ツ矢繁は昭和十三年七月二十六日鉄道に入り昭和二十一年四月運輸技官となり昭和二十四年六月十五日国鉄労働組合直方分会執行委員長となり今日に及んでいるものである。然るところ申請人伊藤は昭和二十四年七月十四日午前七時四十五分直方発炭第六一列車に乗務のため石炭緩急車に接近したところ、同車には空気圧力計の備付がなく又車掌室中仕切板なく列車運転上危険であるから該車の取替を要求した。ところが車掌区助役が来て乗務方を要求したので、同申請人は「乗務しないとは言わないが前途が憂慮されるから考えさして貰い度い」と申出た。然るに同助役は代りの車掌を乗車せしめて発車させ、同申請人を出動予備に変更した。そして同日午後六時三十分彼申請人の小倉管理部長より同申請人の右行為を以て争議行為であるとの理由で、懲戒解雇の通告をなして来た。

又申請人七ツ矢については、申請人伊藤の所属する直方分会の執行委員長たる理由を以て、同月十九日右管理部長より懲戒解雇の申渡をなして来た。然しながら、右解雇は左記の理由により無効である。すなわち

申請人伊藤の前記乗車拒否は国有鉄道建設規程第二十二条第四十四条労働基準法第四十二条第四十四条によつて正当である。緩急車に空気圧力計を備付くることは法の要求するところであり、又実際上もこれなくして走ることは危険である。それで空気圧力計の備付ある車と取替えて呉れという要求は当然である、これに対して法規を無視して無理に乗車せよという方が無理であつてかかる乗車命令は法規に違反して無効であるから、これを拒否することは正当である。これを実際上から見ても、法規を守ることによつて危険は防止せられるものであつて、駅長や助役の一方的判断で法規に違反する行為が強行せられては恐るべき結果が生ずる。元来法規はかかる危険な命令を阻止するため設けられたものであるから、これを無視してもよいということは絶対に考えられない。次に申請人伊藤の行為は争議行為ではない、争議行為というのは業務の正常な運営を阻害する行為であるが、これは正常な運営をして呉れという要求であつて、異常な運営を阻止しようとした行為である。又申請人七ツ矢は何等直接申請人伊藤の前記行為を指揮したこともなく、ただ単に同申請人の属する組合分会の執行委員長たるに過ぎないのに拘らずこれも争議行為をなしたというのは誤りであるのみならず、申請人伊藤のなした行為自体が正当にして争議行為ではないのであるから、申請人七ツ矢が申請人伊藤の行為の責任を問われて解雇せらるべき理由はないのである。

以上の如く本件解雇の無効であること明白であるから、申請人等は直にこれに対して抗議したところ、被申請人は法廷で明にすると主張するのみで、理由も明にせずただこれを拒否するだけであるので、やむを得ず解雇無効確認の訴を提起する準備中であるが申請人等は生活難の今日失業せしめられ、又本件のような事情で解雇せられては雇う者もなく今日の生活にすら困窮している始末であるから、判決の確定を待つたのでは救うべからざる損害を蒙る虞がある故本件仮処分申請に及んだ次第であると陳述し、

被申請人の答弁に対し

(一)  本件については行政事件訴訟特例法の適用はない。

日本国有鉄道(以下国鉄という)は行政庁ではない、公法人だからといつて直ちに行政庁というべきではなく、その本質を究明して決定せねばならない、国鉄は鉄道という私人でやれる事業を単に国家が経営しているというだけのものである、それは行政組織の一部を構成するものでもなければ又行政行為の主体となる権能を附与せられているものでもない、日本国有鉄道法(以下国鉄法という)第三十六条に会計及び財産には暫定的に国鉄を国の行政機関とみなす旨規定しているのは国鉄が本来行政機関ではない証左である、又国鉄とその職員間の労働関係も公法関係ではなく、従つて解雇は行政処分ではない、このことは公共企業体労働関係法(以下公労法という)第五条第八条第三十七条の各規定に徴しても明である、被申請人の主張する国鉄法第二十九条第三十条第三十一条の如きは私企業の就業規則と同一のもので、何等公法関係に特有のものではない。

(二)  管轄の点について

小倉管理部は民事訴訟法第九条にいわゆる被申請人の営業所に該当するものであつて、本件解雇処分はその営業所における業務に相当するものであるから、その所在地を管轄する当裁判所に本件の管轄権がある、仮に小倉管理部は被申請人の営業所に該当しないとしても同管理部の属する門司鉄道局は被申請人の従たる事務所であるから本件が当裁判所の管轄に属することに変りはない。

(三)被申請人主張の解雇理由について

申請人等は明に懲戒解雇のみの通告を受けたものであつて現在も懲戒解雇のみの取扱を受けているのであり、行政機関職員定員法(以下定員法という)に基き免職せられたものではない、定員法に基き免職せられたものであれば、退職金の提供があり欠員があれば優先的に復職させられるし又職業の斡旋をする等の取扱を受くべきであるがかかる取扱は一も受けていない。被申請人は定員法による免職も本件解雇の一理由だと主張しているが、それは矛盾も甚だしいものである、被申請人の真意は懲戒解雇の気持であるけれども、その理由とするところが皆虚偽であるため、真実の発覚を恐れて定員法に基く免職を附加して、ごまかそうとしているだけである、それで本件においては懲戒解雇のみの効力の停止を求めるものである。而して被申請人が本件懲戒解雇の理由として主張するところは、すべてこれを争うものである。

(1)  申請人伊藤が被申請人主張のように深夜小倉管理部人事係長や労働係長に電話をかけたことは相違ないがその通話するについては、交換手の要求により所属氏名を明にした上通話を依頼したもので、被申請人主張のように通話を強要したものではない、又その電話したのは直方車掌区飯塚分会の国鉄職員で列車で両足を切断せられた不具者が定員法により免職せられて経済上窮迫し、その家人が屡々相談を持ちかけて来ていたので、これに同情し免職を取消して貰いたいと考えたからで、他意あつてしたものではない。

次に申請人伊藤は昭和二十四年七月十四日被申請人主張のように乗務拒否をしたことはない、当時現場には空気圧力計備付の代車が現存していたのである、又被申請人の主張する七月八日並びに七月十三日の局報というのは昭和二十四年七月二日附国鉄運保第十二号通達のことと思うがその通達によればいわゆる緩和は管理部長の責任においてなすことになつている、然るに本件については管理部長の判断並びに裁定はなかつたのである、又その通達に基いて七月十六日小倉管理部長は第一六二号通達をなしその四ノ二項で「現場長又はその指定する者が責任ある判断に基き保安度を勘案し法規にかかわらず臨機の処置をなし緩急車の圧力計の省略を許す」と通達した、然し本件は該通達の出る二日前の出来事であり、且つその日上り貨物車炭第六一列車については申請人伊藤が代り車を要求したときまでは現場長又はその代理人が責任ある判断で「圧力計の省略を許す」という裁定はしていなかつた、それで被申請人としては右のような裁定をなしてこれを申請人伊藤に示し再度乗務を要求しなければならないのに、かかることなくして申請人の代車要求を以て直ちに乗務拒否と冐断したのは失当である、況や右通達は法規に違反し無効なこと明であるにおいておやである。すなわち、かかる通達によつて法規が無視され得るとせば交通の安全はこれを守るに由なく法規はないのに等しいのである。

(2)  申請人七ツ矢については、いわゆる「ドンドン戦術」と称するデモ行動を煽動し主導したようなことは全くない、これは戦術というが如きものではなく、定員法による免職を恐るる国鉄職員が自然発生的に直属上級者を訪れて自分の免職せられないことを懇願したものであるが、申請人七ツ矢としては極力これを制止した程である、又昭和二十四年六月十六日、十七日に部外団体二十数名を鉄道宿泊所に宿泊させたことは相違ないが管理者の阻止を無視して宿泊させたものではない、これは申請人七ツ矢が管理人古莊事務長に承諾を求めたところ、小倉管理部の許可を得て呉れとのことであつたから訴外野田学に連絡して同訴外人より小倉管理部責任者鵜野初美の許可を得たので、このことを管理人に通じてその承諾を得たのである、次に同年七月八日に同集会所に宿泊させたことも相違ないがこれも管理人の承諾を得てなしたものである。

と述べた。(疎明省略)

被申請代理人は主文同旨の判決を求め答弁として

第一、本件仮処分申請は行政事件訴訟特例法第十条第七項に該当するから許されない。

被申請人国鉄は国鉄法第一条に規定するように純然たる国家行政機関によつて運営せられてきた国有鉄道事業を引継ぎこれを最も能率的に運営発展せしめ以て公共の福祉の増進に寄与するという国家的目的を与えられ国家の意思に基いて特に法律により説立せられた公法上の法人である、これは事業の公共性を確保すると共にその運営の高能率化を計り財政的独立を達成するためには運営方針、予算会計、人事等の面において一般行政機関とは異なる自主性を確保することが必要であるとの理由に基いて設立せられたものであるが、このように国家意思に基き国家的目的を達成するために設立せられた国鉄の法的性格はこれを行政法上のいわゆる公共団体(公法人)たるものといわなければならない、而して又このことは国鉄法の各条に規定せられた国鉄の実体を検討すれば一層明になる、例えば国鉄法はその資本を政府の全額出資にまつこと(第五条)内閣の任命する監理委員会の指揮統制に服すること(第九条以下)その総裁は内閣が任命すること(第二十条)予算については国会の審議を必要とすること(第三十八条)会計は会計検査院が検査すること(第五十一条)運輸大臣の監督に属すること(第五十二条)等すべて公共団体たる実体の具現であると考えられるが、なお、これに加えるに国鉄法第二条は右のような実体を実定法上宣明し解釈上の疑義を避ける目的から国鉄を公法上の法人とする旨を明定している、従つてその公共団体たることは形式上も実質上も疑問の余地がない、以上のような見解に立脚して国鉄法中職員に関する規定を通覧し、その法律関係を吟味してみると、職員の任免は能力の実証に基いて行わるべきこと(二十七条)一定の事由あるときは懲戒の処分を受くべきこと(第三十一条)職員は職務の遂行については法令業務規定を誠実に遵守する外その全力を挙げて業務に専念しなければならないこと(第三十二条)等規定せられ、国家公務員に対する身分服務に関する国家公務員法の規定とほぼ同様であつてこれ等の各規定の形式及び実質を洞察すれば職員と国鉄との関係は一般民法上の契約理論に基く対当者間の私法的雇傭関係であるとは到底解釈することができない、もしかくの如き解釈を容るるとすれば例えば第二十九条第三十条等の如きは使用者たる国鉄が雇傭契約の一方的解除権を行使する場合等に関する民法に対する特別規定であるといわなければならない、然し前述のような国鉄とその職員の法的性格に鑑み又その規定の表現形式よりみて、このような解釈はあまりにも実体に則しない謬見であるといわなければならない、すなわち国鉄とその職員との関係は公共団体の組織に関する法律関係であつて、いわゆる特別権力関係、すなわち公法関係たる性質を有するもと解すべきである、これに反し国鉄職員が公労法第八条によつて一般私企業の従業員と殆んど変らない広大な団体交渉権を与えられ国鉄と対等の立場を有するものであるとの理由でその地位が私法的なものであると論断することは早計たるを免れない、国鉄職員の有する団体交渉権は決して一般私企業の従業員のそれのように無制限なものでなく、国鉄企業の労働関係の円滑なる規制を目的として或る程度の団体交渉権が附与せられているに過ぎない、すなわち、その団体交渉権は国鉄職員の賃金なり、勤務条件が国民の財政と生活に直接に関係を有するとの事実から法律の制限の下に又は国民の代表である国会の承認を条件とする限度において認められているもので(公労法第十六条)職員の免職、降職、休職に関する基準や懲戒規則に関する団体交渉の範囲は国鉄法第二十九条第三十条第三十一条の規定の制限下に許され、この法律の規定を無視して自由に交渉協定することはできない、又賃金その他経費の支出を要する事項についての団体交渉による協定も国会においてこれを容るる所定の行為がなされるまではその効力が生じないのであつて、一般の私企業においてその職員が有する団体交渉権とは異なる制限的なものでこの国鉄職員の有する団体交渉権の性格は却つて国鉄と職員との関係が前述の如き公法関係であるという証左にもなる、而して国鉄における職員に対して任免権を有する者は国鉄法自体において必ずしも明確でないが、その第三十一条及び国鉄法施行法第五条定員法附則第八項等の規定の解釈上総裁にその権限を認めたものと解するのが正当であり、この場合における総裁は行政庁としての性格を有するものであつて、その行う任免行為は行政行為と観念せらるべきものである、故に本件仮処分の申請は行政庁の処分に関し民事訴訟法の規定する仮処分を求めるものであるから行政事件訴訟特例法第十条第七項の規定に抵触し到底許されないものである。

第二、本件訴訟の管轄裁判所は当裁判所ではない。

右第一に述べたように、本件訴訟は行政庁の処分の効力を争うものであるから、民事訴訟法第七百五十七条第七百六十二条行政事件訴訟特例法第四条の規定により前記国鉄総裁である被申請人行政庁の所在地の裁判所の専属管轄に属し当裁判所の管轄でない、この点につき申請人等は申請人等の任免権が小倉管理部長にあると主張するが管理部長は総裁の下部補助機関として単に本件任免の内部的事務処理の代行を総裁より命ぜられてなしたまでのものである。

而して管理部は民事訴訟法第九条に規定する事務所又は営業所に該当しない、すなわち国鉄法第四条には国鉄は主たる事務所を東京都に置く、国鉄は必要な地に従たる事務所を置くと規定し、日本国有鉄道組織規程第五十条には国鉄に従たる事務所としは鉄道局を置くとして北海道以外においては鉄道局以外に従たる事務所を設けてない、そして管理部は同組織規程の規定上鉄道局の下部機関として局長の指揮監督を受け分掌事務を執つているに過ぎないものである、このことは国鉄法第七従の規定に基く政令すなわち、日本国有鉄道登記令第二条によつて従たる事務所を設けたときは登記義務を負うているのに拘らず、管理部の如きはその登記事項となつていない点から見ても明である。

第三、事実の認否について

一、申請人等の主張事実中、直方車掌区車掌である申請人伊藤博隆が昭和二十四年七月十四日午前七時四十五分直方発炭第六一列車に乗務の為出場したこと、同申請人が緩急車の圧力計の設備なく又車掌室の腰掛背板破損を理由に乗務を拒否したので、やむを得ず代りの車掌を乗務せしめ列車を遅延して発車したこと、同日小倉管理部長が同申請人に対し懲戒免職の通告をしたこと、及び運輸技官にして国鉄労働組合直方分会執行委員長たる申請人七ツ矢繁をその主張の日に懲戒免職したことはいづれも認めるが、その余の事実は申請人等の身分関係を除き全部否認する。

二、大体申請人等は懲戒解雇と同時に定員法に基き免職せられたもの、すなわち、国鉄法第三十一条公労法第十八条及び定員法により免職せられたものである、而して懲戒免職の理由は次の通りである。

1、申請人伊藤は(イ)平素勤務成績不良にして昭和二十四年七月十三日深夜零時十九分頃より一時七分頃に亘り小倉管理部長、同部人事係長、労働係長、公舎等えその拒否にも拘らず電話を強要し、行政整理に対する種々な申入をなして威圧を加え睡眠を妨害し身心の疲労を来さしめ為に業務の円滑なる運営を阻害する等の行為をなし、又(ロ)同年同月十四日上り貨物炭第六一列車(直方駅発七時四十五分)乗務に際し同車に空気圧力計の備付なく又車掌室中仕切板なく列車運転上危険であるとの理由で右列車に対する乗務を拒否した、然るに列車の正常運転の確保を囲るため局長又は管理部長はその責任において保安度を勘案して日本国有鉄道建設規程、日本国有鉄道運転規程日本国有鉄道信号規程に規定せられた事項の一部を緩和し得る旨運輸大臣の承認に基き国鉄総裁より通達せられ従て本件緩急車は空気圧力計の備付なくともこれを使用し得ることは同年七月八日並びに同月十三日局報を以て一般現場に通達せられたところであり又緩急車中仕切板が一部外れていても運転上何等危険ではなく申請人伊藤はこれ等の通達を熟知しながら遵法闘争の実現を期する実力行使の一手段として敢えて規定違反を主張し上長の命令に従わず、乗務を拒否し為に発車時刻を遅らすのやむなきに至つたもので正常なる業務の運営を阻害する行為をなしたものであるから、公労法第十七条に違反し同法第十八条並びに国鉄法第三十一条に基き懲戒免職せられたものである。なお、申請人伊藤は労働基準法第四十二条及び第四十四条を援用して乗務拒否を正当なりと主張しているが使用者が右第四十二条の規定によつて講ずべき処置の基準及び労仂者が第四十四条の規定によつて遵守すべき事項は命令を以て定むることとなつており、申請人の一方的独断によつて決定すべき事項ではなくこの点の主張はあたらない。

2、申請人七ツ矢は日常業務成績不良の者であるが、今回の行政整理に際し国鉄労仂組合小倉支部直方分会長として遵法闘争その他不当決議を行わしめる如く画策し正常なる業務の運営を阻害し或は阻害せんとしてそそのかし又はあおつた事実一再ならずその情況概ね次の通りである。

(イ) 昭和二十四年七月五日より同月十日までの間行政整理事務妨害の目的を以て昼夜直方所在各現場長公舎を襲撃し面談を強要し又は塀門、戸障子等を破壊し騒擾し、所謂「ドンドン」戦術と称するデモ行動を煽動し主導した為めに直方所在の各現場機関の長並びに幹部は甚だしく心身に重大なる損害を受け、特に直方検車区長の家庭にあつては病臥中の妻は恐怖のあまり病状急悪し即時医師より入院を求めらるるのやむなきに至つた。

(ロ) 右の頃同様目的を以てビラ戦術と称せられるビラを以て全職場を埋めよとの指令を出しこれが実行について機関区班員を度々強要しビラに使用する紙及びインク等の手配は勿論これを自ら禁止個所に貼希し又は貼希させた。

(ハ) 又同様の目的を以て同年六月二十一日分会指令第二六号を以て総意による辞職願を班長の許まで取まとめよという総辞職戦術なるものを実施し為めに直方機関区においては十回に及ぶ分班会議又は職場大会等を開催しこれが為業務の運営を阻害した。

(ニ) 同年六月十六、十七の両日に亘り団体名を詐称し部外友誼団体二十数名を直方市所在鉄道集会所にその管理人の阻止にも拘らず委員長としての圧力を以て強引に宿泊せしめ更に同年七月八日再度前記同様手段を以て右団体を宿泊させ為めに同集会所の運営に多大の支障を与えた。

これ等の行為は悉く公労法第十七条に違反し同法第十八条並びに国鉄法第三十一条に基き懲戒免職せられたものである。

以上のような理由による懲戒免職と定員法に基く免職とを含めて本件免職処分は為されたもので、本件免職がこの両者を包含することは決して申請人等主張のように矛盾するものではない、そもそも右定員法によれば成績の良好な者でも免職せられ而してその免職せられた者は団体交渉権や苦情処理の権利をも認められない然るに成績の悪い申請人等を懲戒解雇処分に付しただけで定員法を適用せずに置くときは団体交渉権や苦情処理の権利を残すこととなつて処分が何時までも確定せず従つて定員法制定の趣旨にも反し又処分の均衡を失することにもなるので申請人等に対し懲戒解雇の外に定員法をも適用してそれ等の権利を剥奪したのであると述べた。(疎明省略)

理由

本件について、まず、問題となるのは本件免職行為が行政事件訴訟特例法第十条第七項にいう「行政庁の処分」に該当するか否かということである。

(一)  国鉄は従来国が経営してきた国有鉄道事業を引継ぎ、能率的な運営によりこれを発展せしめ、以て公共の福祉を増進することを目的として設立せられた公法上の法人であることは国鉄法第一条及び第二条の明定するところであるがこの公法人たる国鉄とその職員との関係は国鉄が公法人たるが故に当然公法的であると断ずべきではなく、その間に主として適用せらるる国鉄法公労法その他の実定法上如何に規律せられているかすなわち、公法的な特別権力関係として規律されているか、又は当事者対当の私法関係として規律されているかによつて国鉄とその職員との関係、従つて又その免職行為が行政庁の処分として取扱わるべきか否かは専ら決定せらるべきものといわねばならない。

(イ)  国鉄が行政機関でないことは国家行政組織法第三条所定の行政機関に包含せられていないことによつて明であるばかりでなく国鉄法第三十六条が特に国鉄の会計及び財政に関しては国鉄を国の行政機関とみなす旨規定していることの反面解釈からしても窺える、而して国鉄の設立目的は前述のように従来の国有鉄道事業を引継ぎその能率的な運営をはかるにあるのであつて、その国鉄の行う鉄道事業なるものは元来私人でもその企業主体となり得る種類のものであるから、かかる事業を目的とする国鉄は、その設立の目的からみても又その事業の性質からみても国の行政事務を担当する公法人でないことも明である、それで国鉄とその職員との関係は行政機関を構成する国家公務員の国に対する関係と同一に論ずることはできず、国鉄法第三十四条第二項も国鉄職員には国家公務員法の適用のないことを明記している。尤も同条第一項は国鉄職員を公務に従事する者とみなしている、然しながらこの規定は罰則の適用その他職務の執行につき国鉄職員を公務員と同様に取扱う趣旨に過ぎないことは従来他の法令にも用いられている同様の文言がすべて右と同趣旨に解せられていることからみて疑のないとこであるから、この規定があるからといつて国鉄職員をすべての関係において国家公務員と同一に取扱うべきものでないのは勿論国鉄職員の勤務関係が国家公務員と同様に公法的性格を有するものとすることも適当でない、又国鉄法はその第五十六条以下において、恩給法、国家公務員共済組合法健康保険法等の法令の適用又は準用上「国鉄職員を国に使用されるものとみなす」とか「国鉄を行政庁とみなす」とか「国鉄を国又は各省各庁と読み替える」とかの規定があるが、これはいずれも、従来国有鉄道事業が純然たる国家行政機関によつて運営せられていた為に、他の法令においてはその事業主体を行政機関職員を国に使用される者として規定していたので、国鉄が右国有鉄道事業を引継いだ後においても、これらの他の法令を引続き国鉄又はその職員に適用することができるようにする為の便宜的技術的の措置として設けられた規定であるから、このような規定があるからといつて直ちに国鉄職員の勤務関係が国家公務員と同様に公法関係であるということもできない。

(ロ)  国鉄法中には職員の職務関係を規律するものとして職員の任免は能力の実証に基いて行う旨(第二十七条)一定の事由あるときは職員の意に反してもこれを降職免職又は休職しうる旨(第二十九条第三十条)一定の事由あるときは国鉄総裁は職員に対し懲戒処分を為しうる旨(第三十一条)職員は職務の遂行については法令、業務規程を誠実に遵守する外その全力をあげてこれに専念しなければならない旨(第三十二条)等の諸規定がある、然しながら元来この種の事項は一般の私企業においても多数の従業員を有するような場合にはその就業規則等の中に同様の規定を設けていることは、その事例極めて多く、敢て国鉄の場合に限つたことではない、のみならず、公労法第八条は国鉄職員に関する賃金、労働時間及び労働条件、就業規則、時間外割増賃金、休日及び休暇、懲戒規則並ひに昇職、降職、転職、免職、休停職及び先任権の基準に関する規則等その勤務関係に関する相当広範囲の事項につき団体交渉をなしうることを定めているので国鉄職員は国鉄と対当の立場でその具体的な運用基準等を交渉し協約を結ぶことを認められ、交渉の結果協約が成立すれば当事者はその基準に反する行為をなし得ないこととなり国鉄職員は自らその権益を保護しうることとなる、これは国家公務員が給与勤務時間の決定につき団体交渉権を有せず、降任、免職、休職等地位の異動については専ら法律又は人事院規則の定めるところに一任せられているのとは、その勤務関係において相当著しい性質上の差異を認めることができる。

(ハ)  公労法第十七条は国鉄職員及びその組合の争議行為を全面的に禁止しその第十八条においてこれに違反する行為をした職員は同法で認められた一切の権利を失い、且つ解雇されるものとしている、この点は国鉄職員の勤務関係が一般私企業の従業員が法律上企業者と対当の立場で争議権を認められているのと大いに異る性格を帯ぶるものといわねばならない、然し国鉄職員に争議行為が厳禁せられていることは国鉄事業が全国的な規模において運営せられているところから、その運営の如何が国の経済政策、社会政策に極めて密接重大な関係を有し、この意味において一般の私企業と異る高度の公共性に由来するものであつて国家公務員が国民全体の奉仕者たる立場からその争議行為を禁止せられているのとは本質的に異るものである。

(ニ)  公労法第五章及び第六章は国鉄とその職員間の紛争解決の方法として調停及び仲裁の制度を設けその機関として双方の推薦する候補者の中から委嘱せられる委員により調停委員会及び仲裁委員会を組織することを規定していて、この制度は一般私企業における労資紛争の解決方法として労仂関係調整法により認められている調停及び仲裁の制度に近似しているが国家公務員法にあつてはその第八十九条以下において公務員の勤務関係に関する不服につき人事院に対し審査請求をなしうべきことを定めるのみであり、しかも、その判定に対しては国鉄の仲裁委員会の裁定に対し事実上及び法律上の点につき裁判所に出訴ができるのと異り僅かに第三条において法律上の点についてのみ裁判所への出訴が認められ、事実認定の問題は専ら人事院の専権に委ねられているのであつて、この点においては国鉄職員の地位は国家公務員と異り、むしろ一般私企業の従業員と甚だしく相似た性格を有するものということができる。

(二)  以上の如く国鉄法及び公務法等の諸規定を通覧すると一面において国鉄職員は争議権を奪われ又一定の法令の適用上公務員とみなされる場合もあつて準公務員的性格を持つ場面もあるが、他面において国鉄職員には、公務員の有しない相当広範囲の団体交渉権と紛争処理の為の調停及び仲裁の制度を認められこの面においては国鉄職員の勤務関係は特別権力関係に立つ公務員よりもむしろ対当関係に立つ一般私企業の従業員の勤務関係に近似する性格を有するものということができる、つまり、国鉄職員は公務員と同一視することはできないがさればといつて一般私企業の従業員と同一視することもできず、結局その性格としては両者の中間に位するものと認めるの外はない、然しながら、法律が国鉄職員の勤務関係に関し私企業の場合に近似する取扱をしているのは、前述のように元来国鉄の行う鉄道事業はそれ自体の性質上その運営に国家権力を背景とすることを必要とするものではなく私企業としても優に成り立ちうる事業であるという性質に由来するものというべく、他面国鉄事業の全国的なることに基く高度の公共性の故に法律は国鉄を公法人としてその事業の運営を国の行政監督に服せしめ又国鉄職員の勤務関係につき一定の範囲で公務員に準ずるような規定を設けているものというべきであるがこの高度の公共性を保護する為には主として国鉄の事業運営の面を公共的権力的に規律しておけば国鉄の内部における職員の身分及びこれに件う勤務関係というようなことは、これを公法的権力的なものにしなければならない特別の事情のない限り一般的にはこれを公法関係を以て律する合理性は少いものと考えられる、かように考えて来ると国鉄職員の勤務関係については国鉄法及び公労法等の諸規定は一般的にはこれを私法関係として規律しているものと解するのが相当である。

(三)  次に定員法に基く免職行為に伴う法律関係について考察するに定員法は国鉄職員の整理につきその附則第七項乃至第九項において国鉄職員は昭和二十四年十月一日においてその数が五十万六千七百三十四人をこえないように同年九月三十日までの間に逐次整理される国鉄総裁は右整理を実施する場合においては、その職員をその意に反して降職し又は免職することができる、公労法第八条第二項及び第十九条の規定は右の場合に適用しない旨を定めている、すなわち右の規定によると整理の必要ある員数に充つるまで、国鉄総裁は国鉄職員をその意に反しても免職することができ、この場合にはその免職に関し公労法第八条第二項で認められている団体交渉も許されないし同法第十九条に定める苦情処理共同調整会議に苦情を申出ることも許されないということになる、従つて整理の基準、実施方法等に関し団体交渉をする権利も与えられず、整理人員の数につき一定の制限がある外、国鉄法第二十九条乃至第三十一条に認められているような保証もなく全く一方的に降免職することができ、しかも被降免職者はこれに対し裁判所に出訴する外公労法に定められている不服申立の余地をも与えられていない、これは前述の通例の場合における国鉄職員の勤務関係に比し使用者たる国鉄側に著しく有利且優越的地位を法律により認める反面その相手方である国鉄職員側には著しく不利且従属的地位を法律上定めたものといわねばならない、定員法は国家公務員の免降職に関しても附則第五項において国家公務員法第八十九条乃至第九十二条の適用を排除し同条に定める人事院への不服申立を許さないことにしていて定員法による免降職に関する限り右のことは国鉄職員の場員の場合も国家公務員の場合と全く同一であつてそれは明に国家権力の発動として職員側に忍従を強うる公法関係であつて当事者対当私法自治を建前とする私法の観念を以ては到底理解することのできない関係であるというべきである。

かような観点に立てば定員法による国鉄職員の整理に関する限り国鉄を国、国鉄総裁を行政庁に準じて考え、従つて国鉄総裁の定員法に基く免職行為を行政庁の処分と観念することは前述の国鉄とその職員との関係が本来私法関係であると観念することの別段矛盾するものでない。

(四)  ところで本件においては、申請人伊藤が昭和二十四年七月十四日、申請人七ツ矢が同月十九日それぞれ免職の通告を受けたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第七、第八号証の各一、二によれば申請人両名はいずれも国鉄法第三十一条及び公労法第十八条並びに定員法により、すなわち、懲戒免職と同時に定員法に基き免職せられたものであること明である。申請人等は懲戒免職せられたのみで定員法に基く免職処分を受けたものではないというけれども、これを認めて右認定を覆するに足る疎明資料はない、次に申請人等は本件免職処分が懲戒と定員法に基く両側の理由によることは相矛盾するものであるというが、懲戒免職すると同時に定員法に基き免職することは決して相容れないものではない、蓋し懲戒免職と定員法に基く免職とはその事由、手続及び効果等において相異るものがあるけれども、一方の免職事由、手続及び効果は他方のそれと相排斥するものではなくして各別個にこれを定めることができ、而して双方の免職事由が存するときはその効果も共に生ずるが、いずれか一方が無効又は取消されたときは、他の一方のみの効果が生ずるに過ぎないこととなつて右両個の理由によつて免職処分をなすも何等の支障おも認め難いからである。

(五)  右の如く本件免職処分が懲戒免職と定員法に基く免職の双方を包含するとき、本件訴訟手続は如何に処理せらるべきものであろうか、前記説明の如く国鉄職員の勤務関係は一般的には私法関係であるが定員法に基く免職処分に伴う法律関係のみは特に公法関係であると解するを相当とするにおいては、右懲戒免職の部分は私法関係を以て律すべきもので定員法に基く免職の部分は公法関係を以て律すべきもので、定員法に基く免職の部分は公法関係として律すべきこととなるので懲戒免職の無効確認を求める訴訟は普通の民事訴訟にしてこれを本案訴訟とする懲戒免職処分の効力の停止を求める仮処分申請はこれを適法なものとして許容し得べきも定員法に基く免職処分は行政庁の処分にして、その効力を争うには行政事件訴訟特例法に則るべきもので従つて同法第十条第二項によりその処分の執行停止を求めることを得べきもその処分の効力の停止を求める仮処分申請の許さるべきものでないことは同条第七項の規定により明である、然るに本件免職処分は前述のように懲戒免職と定員法に基く免職の双方を包含するものであるがたとい懲戒免職の部分は無効であるとしても、定員法に基く免職の部分はその取消さるるまでは有効なものとして存続するのであるから、本件免職処分はこれをその全体としてみるときは同法第十条第七項の関係においては、行政庁の処分として取扱うべきものと解するを相当とする、従つて本件免職処分の効力の停止を求める仮処分申請は不適法なものとして許さるべきではない。

申請人等は本件仮処分申請においては懲戒免職のみの効力の停止を求めると主張するが、右の如く懲戒免職が定員法に基く免職と合体して本件免職処分の為されている場合においては、たとい、申請人等の主張を認容して懲戒免職の効力を停止しても、定員法に基く免職の効力は存続するので、懲戒免職のみの効力の停止を命ずる仮処分によつては、申請人等はその所期の国鉄職員たる地位を仮に保有するという目的を達するに由ないのみならず、その仮処分を命ずる理由として、懲戒免職の部分は無効であると判定しても仮処分の性質上その判決によつてなされるときにも、その点につき既判力を生ずるものでないこと論を俟たないので、この点からするも懲戒免職のみの効力の停止を求める仮処分申請はその理由の存すると否とを問わず結局これを求める利益のないものとして認容せらるべきものでないこと多言を要せずして明である。

よつて本件仮処分申請を却下すべきものとして訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例